
まえがき
「クイーン白玲ルール」は、いったい誰のために作られた制度なのだろうか。
2026年9月現在、西山朋佳白玲は白玲戦第4局を終えて3勝1敗とし、白玲防衛まであと1勝に迫っている。
今期防衛すれば白玲通算5期となり、「クイーン白玲」の資格を獲得する。そして、2025年6月に日本将棋連盟の棋士総会で承認された制度によって、棋士(四段)としてフリークラスへ編入する権利を得る。
つまり、女性初の「棋士」誕生が現実的な段階に入った。
この制度について筆者は、これまで「棋士制度として公平なのか」という疑問を持ってきた。
今回はさらに一歩踏み込み、「クイーン白玲ルールが制定された背景には、白玲戦の主催者であるヒューリック株式会社の意向が影響していたのではないか」という観点から、確認できる事実を整理してみたい。
ただし、最初に結論を述べておくと、現時点で確認できる資料だけから「ヒューリックが西山朋佳氏を棋士にするために制度を作らせた」と断定することはできない。
しかし、そうした疑問を抱かせるだけの経緯が存在することも事実である。
白玲戦とヒューリックの関係
白玲戦は、2021年に日本将棋連盟とヒューリック株式会社によって創設された女流棋戦である。
日本将棋連盟の公式サイトによれば、正式名称は「ヒューリック杯 白玲戦・女流順位戦」で、ヒューリック株式会社と日本将棋連盟が共同主催している。
現在の優勝賞金は4,000万円で、女流棋戦の最高額となっている。
ヒューリック自身も、2020年に日本将棋連盟と新たな女流棋戦「ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦」を設立したと説明している。また、その目的について「女流棋士の活躍の場を広げる」ことや「女性活躍推進」の観点から女流棋士を支援しているとしている。
したがって、白玲戦がヒューリックにとって単なる広告媒体ではなく、女性活躍支援という企業活動の一環として位置付けられていることは確認できる。
ここまでは事実である。
問題は、その白玲戦と西山朋佳氏との間に、創設当初から非常に興味深い関係があったことである。
ヒューリックは白玲戦創設時から西山朋佳氏を意識していた
2021年10月、第1期白玲戦七番勝負の第4局後に行われた西山朋佳白玲の記者会見で、ヒューリック株式会社の西浦三郎会長が白玲戦創設時の経緯について説明している。
その発言によれば、ヒューリック側から日本将棋連盟に対して二つの要望があった。
一つは、白玲戦のシステムに厳しさを入れてほしいということ。
そして、もう一つが非常に興味深い。
当時、西山氏は奨励会三段だったため白玲戦に出場できるのかどうかが問題になっていた。その際、西浦会長は「女流棋士でいちばん強い人を決めてほしい」という考えから、西山氏を出場させるよう日本将棋連盟に要望したと説明している。
これは重要な事実である。
つまり、ヒューリックは白玲戦の創設当初から、西山朋佳氏を「女流棋士のトップを決める棋戦」に参加させることを明確に意識していた。
そして、その第1期白玲戦で西山氏は初代白玲となった。
その後、西山氏は白玲を通算4期獲得するまでに至り、2026年には通算5期、すなわち「クイーン白玲」の資格まであと一歩というところまで来ている。
この一連の経緯を見ると、「ヒューリックと西山朋佳氏には白玲戦創設時から一定の接点があった」ということは否定できない。
ただし、ここから「だからヒューリックが2025年のクイーン白玲制度を要求した」と結論付けることはできない。
2025年の制度について、公表された報道では、制度案を提案したのは当時日本将棋連盟会長だった羽生善治氏とされているからである。
西山朋佳氏の奨励会退会と白玲戦創設の関係
前項の「当時、西山氏は奨励会三段だったため白玲戦に出場できるのかどうかが問題になっていた。」という記述を掘り下げてみる。
重要な時系列
西山朋佳氏の奨励会退会と白玲戦創設をめぐっては、次のような時系列になっている。
| 2020年3月 | 第66回三段リーグで西山氏が14勝4敗の好成績を挙げ、次点となる。 |
| 2020年10月 | ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦の創設が発表される。当時、西山氏は奨励会三段だった。 |
| 2021年3月6日 | 第68回三段リーグが終了。西山氏は9勝9敗でリーグを終え、奨励会を退会。 |
| 2021年4月1日 | 西山氏が女流棋士となる。 |
| 2021年10月 | 第1期白玲戦七番勝負で西山氏が渡部愛女流三段を破り、初代白玲となる。 |
白玲戦創設時に西山氏の参加が問題に
白玲戦創設後の2021年10月、西浦三郎ヒューリック会長は、創設時には「西山さんは当時奨励会三段で、出場できるのかできないのかという問題がありました」と説明している。
さらに、「女流棋士でいちばん強い人を決めてほしい」という考えから、日本将棋連盟に西山氏を白玲戦へ出場させるよう要望したことも明らかにした。
これは、西山氏が奨励会三段であったことと、白玲戦への参加資格との間に、実際に調整すべき問題が存在していたことを示している。
西山朋佳氏は当時、奨励会三段でありながら女流タイトル保持者として活動していた。女流棋士と奨励会の兼務自体は認められていたものの、新設された白玲戦が女流棋界の順位を決める棋戦としてどの資格者を参加対象とするのか、特に奨励会員でもある西山氏を対象に含めるのかについて問題が生じた。西浦三郎会長は後に、この点について日本将棋連盟に西山氏を出場させるよう要望したと説明している。
つまり、新設された白玲戦の参加資格と、奨励会三段でありながら女流タイトル保持者だった西山氏の制度上の位置付けが、創設時点では明確でなかった。
年齢制限と白玲戦創設が重なった
西山氏は、奨励会で四段昇段を目指せる状況にありながら、2021年3月、満26歳の年齢制限を迎える前に退会した。本人は後年、退会について「いろんな事情」を考慮した結果だと説明しており、白玲戦への参加を目的とした退会だったとは明言していない。
したがって、「白玲戦に参加するために奨励会を退会した」と断定する根拠はない。
一方で、奨励会の年齢制限を前に進路を決める時期と、白玲戦という新たな女流棋界の頂点を決める棋戦が創設された時期が重なったことは事実である。
その意味では、「年齢制限と白玲戦創設のタイミングがたまたまマッチした」と見ることには一定の妥当性がある。
| 2020年3月 | 西山三段が14勝4敗で次点。まだ奨励会継続の姿勢。 |
| 2020年10月 | ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦の創設が発表される。 |
| 2021年3月 | 西山三段が第68回三段リーグを9勝9敗で終了。奨励会退会を決断。 |
| 2021年4月1日 | 女流三段として活動開始。 |
| 2021年6月1日 | 第1期女流順位戦の順位決定トーナメント開始 |
| 2021年10月16日 | 第1期白玲戦、 西山女流三冠が渡部愛女流三段を破って初代白玲。 |
少なくとも現時点で確認できる資料からは、ヒューリックが西山氏の奨励会退会を水面下で働きかけたことを示す証拠は確認できない。確認できるのは、白玲戦創設時に西浦会長が西山氏の参加を日本将棋連盟に要望したことまでである。
したがって、この問題については、「ヒューリックが西山氏を女流棋界へ転向させた」とするのではなく、「西山氏が奨励会の進退を決める時期と白玲戦創設が重なり、しかもスポンサー側が西山氏の参加を明確に求めていた」という事実を押さえておくことが重要だろう。
クイーン白玲制度を提案したのは羽生善治会長
2025年4月、日本将棋連盟は「白玲を通算5期獲得してクイーン白玲となった女流棋士を、棋士としてフリークラスに編入する案」を検討していることを公表した。
この時点で羽生善治会長は、女流棋士のレベルが上がっていることを指摘したうえで、「門戸を広げるため、そういう構想を描いている」と説明している。
一方、この制度をめぐっては、棋士側から制度のあり方を問う声もあったと報じられている。
藤井聡太竜王・名人の鋭い指摘
週刊誌報道などによれば、同年6月6日の棋士総会で藤井聡太竜王・名人が「棋力の担保は取れているのでしょうか」と発言したとされ、この発言が制度をめぐる議論を呼んだ。
この発言の背景には、女流棋士の中で最も高い実績を持つ棋士であっても、従来の制度である奨励会を突破して棋士(四段)となったわけではない場合に、どのような基準によって棋士(四段)としての棋力を担保するのか、という問題意識を示す発言と受け止めることができる。
つまり、女流棋士のトップであることと、奨励会を経て棋士になることは別の制度上の基準であり、その従来の基準を実質的に飛び越える形で棋士への編入を認めることについて、棋力の担保をどう考えるのか、という点が論点になったとみられる。
そして同年6月6日の棋士総会で、この制度が承認された。
報道によれば、この制度は同年4月に羽生前会長が提案したものだった。
したがって、現時点で確認できる事実関係は、
「ヒューリックがクイーン白玲制度を提案した」
ではなく、
「羽生善治会長が2025年4月に制度案を提案し、6月の棋士総会で承認された」
というものである。
ひろゆき氏「男性のように奨励会で勝ち抜いて棋士になったわけではなく、女性同士で戦って連勝すると棋士になれてしまう謎制度(Xポスト)」
棋士・女流棋士のヒエラルキー
日本将棋連盟に所属する棋士と女流棋士は、以下の図に示すように、それぞれ異なる制度上の区分に位置づけられている。
図を見て分かるように、女流棋士がフリークラスに編入されるということは、奨励会を経ずに棋士四段の資格を得ることを意味する。奨励会で昇段を目指して切磋琢磨してきた会員の立場から見れば、いわば「チート級」の特別扱いと映る可能性がある。
西山朋佳氏がフリークラス編入資格を行使した場合、フリークラスの規定が適用され、原則として10年以内にC級2組への昇級を果たせなければ、棋士としての身分を失うことになる。ただし、女流棋士に復帰する道は残されている。この点を踏まえると、棋士としての身分を失った場合にも別の立場で活動を続けられる制度設計となっており、一定の救済措置が設けられているといえる。男性棋士は引退となり、救済措置はない。

では、ヒューリックの意向は影響していなかったのか
ここからが考察の領域になる。
クイーン白玲制度の直接的な提案者が羽生善治氏だったとしても、白玲戦の主催者であるヒューリックがこの制度をどのように受け止めていたのかは興味深い。
2025年8月、第5期白玲戦の前夜祭で西浦三郎会長は、白玲戦について「白玲5期獲得でフリークラスに編入できるようになった」ことを新しいスタートとして紹介した。
さらに、
「(フリークラス編入は)おふたりになっていただきたい気持ちがあります」
と発言している。
ここでいう「おふたり」とは、西山朋佳白玲と福間香奈挑戦者を指している。
この発言から、少なくとも2025年の制度成立後に、ヒューリック側がクイーン白玲から棋士への道が開かれたことを前向きに受け止めていたことは確認できる。
しかし、これも「ヒューリックが制度制定を主導した証拠」とまではいえない。
むしろ、
「白玲戦を創設したヒューリックが、女流棋士のトップ層が棋士へ進む可能性を歓迎していた」
というところまでが、資料から確認できる範囲だろう。
羽生善治会長の存在をどう見るべきか
もう一つ気になるのが、羽生善治氏の会長在任期間と制度制定のタイミングである。
羽生氏は2023年6月9日から2025年6月6日まで、日本将棋連盟会長を務めた。
そして、クイーン白玲制度は2025年4月に羽生会長から提案され、6月6日の棋士総会で承認された。
同じ6月6日、羽生氏は会長を退任し、清水市代氏が新会長となった。
時系列だけを並べれば、以下の流れになる
- 2023年6月 羽生善治氏が日本将棋連盟会長に就任
- 2025年4月 羽生会長がクイーン白玲制度を提案
- 2025年6月6日 棋士総会で制度承認
- 2025年6月6日 羽生氏が会長を退任
このタイミングについて、「羽生会長のもとで制度案が作られ、羽生氏が会長を退く直前に制度が承認された」と見ることはできる。
しかし、「羽生善治を会長に据えることで反対意見を述べにくい体制を作った」というところまで踏み込むには、根拠が不足している。
羽生氏が棋界を代表する実績を持つ人物であることは事実だが、「その影響力を利用してクイーン白玲制度を成立させるために会長に据えられた」とする資料は、今回確認した範囲では見つからなかった。
また、羽生氏自身が制度を提案した理由として公に説明しているのは、女流棋士のレベル向上や門戸を広げることなどであり、ヒューリックから要請を受けたという説明ではない。
したがって、この部分は「事実」ではなく、「そう見ることもできる」という仮説として扱うべきだろう。
それでも残る疑問
ここまでの事実を整理すると、非常に興味深い構図が浮かび上がる。
[クイーン白玲までの道のり]
- 白玲戦はヒューリックと日本将棋連盟によって創設された。
- その創設時、ヒューリック側は当時奨励会三段だった西山朋佳氏を白玲戦に出場させるよう日本将棋連盟に要望した。
- 西山氏は第1期白玲となり、その後、白玲を通算4期獲得した。
- 2025年4月、羽生善治会長がクイーン白玲制度を提案した。
- 同年6月、棋士総会で制度が承認された。
- そして現在、西山氏は白玲通算5期まであと1勝というところまで来ている。
- さらに制度成立後、白玲戦の主催者であるヒューリックの西浦会長は、クイーン白玲からフリークラスへ編入する女流棋士が「おふたりになっていただきたい」と発言している。
ここまでの経緯を見ると、「西山朋佳氏が白玲戦に参加することをヒューリックが創設時から望んでいた」という事実と、「クイーン白玲制度によって西山氏が棋士になる可能性が生まれた」という事実が存在する。
ただし、その二つの間に「ヒューリックから日本将棋連盟への制度制定の働きかけがあった」という直接的な証拠は、現時点では確認できない。
したがって、筆者としては、
「ヒューリックが西山朋佳氏を棋士にするためにクイーン白玲制度を作らせた」
と断定するのではなく、
「白玲戦創設時から西山朋佳氏を特別に意識していたヒューリックと、2025年にクイーン白玲制度を提案した日本将棋連盟との間に、制度成立へ至る過程でどのような意思疎通があったのかは、公開資料だけでは分からない」
とするのが妥当だと思う。
この「分からない部分」こそ、今回の考察の核心ではないだろうか。
クイーン白玲制度をどう評価するか
クイーン白玲制度と従来の棋士制度
クイーン白玲制度そのものについては、従来の棋士制度との整合性という問題が残る。
日本将棋連盟自身が説明しているように、「棋士」と「女流棋士」は異なる制度上の資格であり、それぞれ異なる制度のもとで対局している。
従来、棋士になるためには、奨励会三段リーグを突破するか、棋士編入試験に合格するというルートが基本だった。
そこに、「白玲を通算5期獲得した女流棋士」が棋士となる新たなルートが加わった。
この制度変更によって、女流棋士から棋士が誕生する可能性が現実になったことは大きい。
奨励会退会後の進路に生じる制度上の違い
一方で、「なぜ白玲5期なのか」「女流棋戦での実績を、棋士資格にどのように結び付けるのか」という制度上の疑問に加え、奨励会を年齢制限などで退会した者の中には、女流棋士という制度の対象となるかどうかによって、その後の選択肢に違いが生じるという問題もある。
女流棋士制度の対象となる者と、対象とならない者との間で、奨励会退会後に選択できる進路に制度上の違いが生じている。女流棋士制度の対象となる者は、棋士(四段)に届かない段階でも、女流棋士としてプロの棋戦に参加し、実績を積み重ねる道がある。一方、対象とならない者にはこの制度上の選択肢はなく、棋士を目指す場合には、棋士編入試験など別のルートに挑戦することになる。
だからこそ、クイーン白玲制度の制定経緯については、誰が発案したのかだけでなく、どのような議論があり、どのような意見が出され、最終的にどのような理由で棋士総会が承認したのかを検証することが重要になる。
藤井聡太氏の「棋力の担保」発言
この点を考えるうえで、棋士総会で藤井聡太竜王・名人が「棋力の担保は取れているのでしょうか」と発言したと報じられたことは興味深い。
この発言について、藤井氏がクイーン白玲制度そのものに反対したと断定することはできない。実際、棋士総会に出席していた田丸昇九段は、藤井氏の発言について、賛否を明確にするというよりも、何かを確認するようなニュアンスだったと証言している。
しかし、この発言を制度設計の観点から捉えるなら、「女流棋士としての実績を棋士資格につなげる以上、その棋力をどのような基準によって担保するのか」という、制度の根幹に関わる問題提起だったと考えることはできる。
つまり藤井氏は、単にクイーン白玲制度に賛成か反対かを表明したのではなく、棋士総会という場で、「この制度によって棋士資格を与えるのであれば、その資格に見合う棋力をどのように担保するのか」という制度設計そのものについて確認を求めた、と見ることができる。
羽生会長が提案した制度への問いかけ
さらに、当時の羽生善治会長が制度案を提案したことを考えると、藤井氏の発言は、実績と影響力を持つ会長が提案した制度であっても、その制度設計について確認すべき点があれば問いかけるという意味を持っていたとも考えられる。
一部の報道では、羽生氏の提案ということもあり、賛成の意向を示していた棋士がいたとの証言も伝えられている。ただし、これは匿名の関係者による証言であり、棋士総会全体に「反対しづらい雰囲気」があったとまで断定することはできない。
それでも、制度の提案者が羽生氏であり、しかもその場で藤井氏が「棋力の担保」について問いかけたという構図は、制度制定の経緯を考えるうえで無視できない。
藤井氏の発言をどう捉えるか
結果として制度案は賛成多数で承認された。したがって、藤井氏の発言を「制度を阻止するための反対表明」と捉えるよりも、圧倒的な実績を持つ棋士が、制度の成立過程において少なくとも一つの重要な疑問を投げかけた、と捉える方が適切だろう。
筆者には、それが藤井氏なりの「ささやかな抵抗」だった可能性もあるように思える。ただし、これはあくまで発言の状況から導いた考察であり、藤井氏本人がそのような意図を明らかにしたわけではない。
制度の公平性を検証する意味
女流棋士から棋士が誕生することと、制度の公平性を検証することは別問題である。
西山朋佳氏が女性初の棋士になる可能性が高まった現在だからこそ、「女性初の棋士誕生」という歴史的な意義だけに目を奪われず、その制度がどのような経緯で作られ、どのような議論を経て承認されたのかを冷静に振り返る必要がある。
あとがき
今回調べてみて、筆者が特に注目したのは、2021年の白玲戦創設時にヒューリックの西浦三郎会長が「西山さんを出場できるようにしてほしい」と日本将棋連盟に要望していたという事実だった。
これは、現在の「クイーン白玲問題」を考えるうえで無視できない経緯である。
ただし、それだけを根拠に「ヒューリックが西山朋佳氏を棋士にするためにクイーン白玲制度を作った」と結論付けるのは、現時点では行き過ぎだろう。
確認できる資料では、制度を提案したのは羽生善治会長であり、羽生氏は「女流棋士のレベルが上がっている」「門戸を広げる」という趣旨の説明をしている。
一方、ヒューリック側が制度成立後のフリークラス編入を歓迎していたことも確認できる。
そして、羽生氏が制度を提案した2025年4月から制度が承認された6月6日までの期間に、ヒューリック側と日本将棋連盟の間でどのような協議が行われたのかについては、今回確認した公開資料では明らかにならなかった。
この点については、今後、棋士総会の議事録や関係者の発言など、新たな資料が公開されれば評価が変わる可能性がある。
現時点で言えるのは、
「クイーン白玲制度はヒューリックが西山朋佳氏を棋士にするために作った」
ではなく、
「白玲戦創設時からヒューリックが西山朋佳氏の参加を強く望んでいたという事実があり、その後、羽生善治会長の提案によってクイーン白玲から棋士への道が制度化された。そして現在、その制度によって西山氏が女性初の棋士となる可能性が現実になっている」
というところまでである。
この違いは大きい。
しかし同時に、なぜ2025年になって突然この制度が作られたのか、なぜ「白玲5期」という条件が選ばれたのか、そして制度成立までに日本将棋連盟と主催者の間でどのような議論があったのかという疑問は残る。
女性棋士誕生という歴史的な出来事を目前にした今だからこそ、その背景についても検証していく必要があるのではないだろうか。
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