盤面あり評価値配信をするYouTuberが勝訴
2024年1月16日、大阪地方裁判所は、将棋の棋譜は「客観的事実」であり、自由に利用できるとして、囲碁・将棋チャンネルに対し、約118万円の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。
この訴訟の原告は、有料の囲碁・将棋チャンネルの棋譜を使い盤面あり評価値配信をしていたYouTuberです。
この判決は、棋譜の著作権に関する重要な判例として注目されています。
過去に、日本将棋連盟が定めた棋譜利用ガイドラインに対して「棋譜は誰のものか?」、「棋譜に著作権はあるか?」といった公開質問状を出したYouTuberがいましたが、その際には棋譜の著作権に関する問題は曖昧なままであったように記憶しています。
大阪地裁「知的財産権部」の判例の権威
将棋プロも利用する将棋AI「水匠」の開発者であり、現役弁護士でもある杉村達也氏によれば、YouTuberが勝訴した判決を出した大阪地裁第21民事部(知的財産権部)の合議体の判決は権威があるとされています。地裁でありながらも、そのレベルは異なるとのことです。
囲碁・将棋チャンネルが控訴する可能性はありますが、覆る可能性は極めて低いとの見方があります。
棋譜とは?
棋譜は、対局で指された手を順番に記録したものであり、その内容は符号の列挙に過ぎません。この符号に対して著作権を主張し、行動を起こしたのが「囲碁・将棋チャンネル」です。
YouTuberは入手した棋譜を利用し、そのデータを入力した盤面とAIの評価値で構成する動画を作成して公開しました。しかし、この動画に対して囲碁将棋チャンネルからは「著作権侵害による動画削除通知」が届き、結果として動画は削除されました。
また、対局者である棋士が生み出した手(棋譜)について、放映権者が自身の著作物と主張していますが、実際にその棋譜を作成したのは対局者である棋士であることに留意すべきです。
もしYouTubeにおいて、対局風景などの映像をまるごとコピーしてアップロードした場合は、著作権の侵害が生じる可能性がありますが、今回の裁判は「棋譜」を入手して制作した動画が著作権侵害であるか否かについて争われています。
大阪地裁の判決の骨子
たややんこと杉村達也氏が今回の判決の解説動画を公開しているので、抜粋して紹介します。動画は後ろのほうに張り付けています。
被告:囲碁・将棋チャンネル
原告:ユーチューバー(垢BANされた「イケメンチャンプ」か?)
原告の請求の概要 | 裁判所の判決の概要 |
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原告の請求の解説
- 被告は、原告の評価値配信アーカイブが著作権を侵害している旨を第三者に告げてはいけない。
虚偽事実の告知の差し止め(不正競争防止法2条1項21号・3条1項)
- 被告は、各プラットフォームに対し、被告が削除申請した配信が被告の著作権を侵害しないこと及び当該申請が被告の過誤によるものであり、これを撤回する旨通知せよ。
虚偽事実の告知に対する信用回復措置(不正競争防止法2条1項21号・14条)
- 被告は原告に対し、損害賠償金(配信停止期間の収益・慰謝料など)を支払え。
不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)
裁判の争点
- 被告による削除申請は「虚偽の事実の告知」に当たるか(重要)
- 本件削除申請は原告の営業上の利益を侵害するか(重要)
- 損害の発生及びその額
- 差し止め及び被害回復の必要性
争点1,2の裁判所の判断
被告の主張・反論 | 裁判所の判断 |
原告の配信は被告の著作権を侵害するものではないことは認めるが、当該配信は被告の営業上の利益等を侵害するものであるから、虚偽の事実の告知に当たらない。 *被告が認めたので著作権侵害はないものとして裁判は進むことになる(争点が消えた) |
原告の配信が被告の営業上の利益等を侵害するものであるかどうかは、虚偽の事実の告知の該当性判断に無関係であるし、そもそも原告の配信によって被告の営業上の利益等を侵害された事実も明らかでない。 虚偽の事実の告知に該当する。 |
被告の主張・反論 | 裁判所の判断 |
被告の承諾なく、フリーライドで棋譜の指し手情報を取得して同時中継する行為は著しく不公正な手段を用いているから、原告の配信上の利益は法律上保護される利益に当たらないから、原告の営業上の利益を侵害することはない。 *著作権侵害ではないと認識している動画に対して「著作権侵害だ」と虚偽の告知をして動画配信を停止させた行為は裁判官の心証が悪い |
原告の配信で利用された情報は、被告の中継の指し手であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報と解される。また、争点①で明らかなとおり、原告の配信が著作権を侵害するものでもない以上、原告の配信が、不法行為に該当することを認めるに足りる事情はない。 本件削除申請は原告の営業上の利益を侵害する *大阪地裁第21民事部(知的財産権部)が出した合議体の判決はそう簡単に覆ることはない。東京知財部とともにとても優秀な部隊です。 |
利用規約とガイドライン
判決後に想定されること
今後は、控訴、利用規約の整備が想定される。
- 今回の判決により、盤面あり評価値配信はしてもよいという解釈になるが、利用規約に注意しなくてはならない。
- 棋譜に著作権が存在しないことを被告が認めている。(民事訴訟の法律用語では「自白した」という)
- 被告代理人の弁護士は結構大きな事務所だが、著作権の存在については争点にしなかった(できなかった)ので、控訴しても厳しいだろう。
- ガイドライン守って棋譜利用料を支払ったユーザーに返金はあるか?
→ 合意に基づいて支払ったので、返金なしと考えられる。
動画:たややんCh.@将棋AI水匠(弁護士)
あとがき
囲碁・将棋チャンネルの控訴は逆転の可能性低い
囲碁・将棋チャンネルは、今回の判決を不服として控訴する可能性が高いです。しかし、大阪地方裁判所第21民事部の判例の権威や、今回の判決の理由などから、控訴審で結論が覆る可能性は低いと考えられます。
今後の棋譜利用の行方
今回の判決により、棋譜は自由に利用できるものと解釈されます。これにより、棋譜を基にしたYouTube動画配信や、棋譜を分析した書籍や記事の出版などがより活発になる可能性があります。
一方で、棋譜の著作権や権利を管理する組織などは、今後も棋譜の著作権を認めるように働きかける可能性があると考えられます。
棋譜の著作権に関する議論は、今後も続くことが予想されます。
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